2歳児に学ぶ

03 16, 2017
この前、ちーちゃん&しょーちゃんコンビ(コンビっていうか親子だけど)が我が家に遊びに来た。電動自転車をぶっ飛ばして。

我が家には子供がいないので(大きなコドモおじさんならいるけど)2歳のしょーちゃんのためのオモチャとかは何もないんだけど(本気の飛行機模型や鉄道部品なら山のようにあるけど)そんな中、しょーちゃんは自ら、オモチャを見つけた!

それは、これ。

ドアのストッパーの筒。
しょーちゃんはこの筒を、押したり引っ張ったり観察したりしながら、ゲラゲラ笑っていた。

私はその、
「オモチャがない?なら創造すればいいだけさ!見渡してごらん、世の中にはオモチャが山のようにあるではないか!自分の中に想像力=創造力さえあれば、なんだってオモチャになるんだぜ!」
という、しょーちゃんの精神(本人は別にそんなこと言ってないけど)に感動し、足るを知る、ということを学ばせていただきました。ありがとうございます。

さらに、子供用DVDとかもないので(宝塚のDVDならあるんだがな)しょーちゃんが飽きたらどうしようかな~と思ってたけど、試しに、以前録画した『大和田兄弟ぐるり鉄道旅!~タイ王国知られざる絶景と世界遺産~』という、大和田伸也&大和田獏兄弟がタイを鉄道で周るという番組を流したところ、見事にかぶりついた。結局最後まで見てしまった。すごいな大和田兄弟・・・幼児の心も掴むとは。

やっぱり、子供だからといって、いわゆる「子供もの」だけが好きとは限らないよね・・・
特にしょーちゃんは「子供扱いはやめてくれたまへ」みたいなところが昔からあるように見受けられるので(まだ生まれて2年だけど)大和田兄弟くらいがちょうどよかったのかも・・・。

自分の子供の頃のことを思い出すと、私は逆に「もう少し子供扱いしてくれてもいいよ」と思っていたけど(昔から背が高くて、同い年の子たちと並ぶと頭ひとつ分飛び出ていたので、まわりからも2~3歳上に見られていた)ただ唯一、「子供扱いはやめてくれたまへ!」と思っていたのは、ラーメン屋さんに行った時。あの、子供用のお椀がものすごく不満だった。私はどんぶりで食べたいのに!と、ずっと、ずーっと、ずーーーっと、思っていた。←その反動で今でもラーメンへの執着がすごいんだな

小学生になって、やっとどんぶりで食べられるようになった時は、もう嬉しくて嬉しくて。私の中での成人式は、あの時よ・・・


さて、私もしょーちゃんを見習って、「既に身のまわりにあるものの中で暮らしを楽しむ」ということをやっていこうかね!(と決意する私の横で、容赦無く鉄道部品を集めていく夫・・・)

学びたがり屋さん

03 14, 2017
この前美容院で髪を切られながら、担当の女の子と
「私たちって、どんだけ『学び好き』なんでしょうかね・・・」
という話をした。

我々、妙に似ているところがあり、とにかく昔から「苦しいことがあったら、まずは本を読み、自然の中に身を置き、海や川や大地を眺めながら己を見つめる」ということが好きな、修行僧タイプ。

話を聞いていると、若い頃から苦しい時に手に取ってきた本の流れも同じで、笑った。

「己の枠を外せ!」的な興奮系自己啓発本

「ゆるく生きろ」的な脱力系自己啓発本

「心を観察してみよう」的な心理学本

「無駄なものは捨てよ」的な断捨離啓発本

「全ては自分が引き寄せている」的な引き寄せ本

「あなたは無条件で守られている」的な霊界本

「流れに身を任せよ」的なスピリチュアル本

「色即是空・空即是色」的な仏教本

「『私』とは何か」的なインド哲学本

・・・とにかく、もがいてきた。不器用ゆえに、もがいてきた。

外に原因を見つけようとしても、誰かや何かのせいにしようとしても、苦しさは全く消えないので、「苦しみを自分の中の学びとして昇華させていく」という方法にたどり着いたわけだけど、こういう気質って見方によってはマゾ的かもね・・・とお互いしみじみしてしまった(髪切られながら毎回こんな話になる←この時間すら学びにしてしまう生粋の学び好き・・・)。

結局、「より幸せになるために」「もっと良く、もっとたくさん」という思いがある限り、動き回る自分は止められず・・・

AよりもBがいいらしい、BよりもCがより自分に合う、CよりもDが本物、Dの改良版のEがもっと最高らしい・・・より本物を!より真実を!って・・・私はいったいいつまでもがき続けるのか。

世の中にはそんな、「もっともっと」「こっちがより良い」という情報が当たり前のように流れていて、その情報を受け入れてくれる人々がいるからこそ、消費社会が成り立っているんだろうけど・・・その「よりいいものを」「もっともっと」「こっちがほんもの」と進んだ先に果たしてゴールはあるのだろうか、と、自分が反応しない情報に対しては客観的に観察できるんだけどねぇ。

今、世間の中で「よし」とされている商品や方法論や観念が、はたして100年後、千年後にも残っているだろうか、と思うと、多分、ほとんどが消えている気がする。そう思うと、何もかもが砂の城のようにポロポロと頭の中で崩れていき、良いと思い込んでしがみついてきたものが、全て幻のように消え去るわけで。

・・・と、ほとんどが頭の中で消え去った今、それでもしぶとく残る思いは、やはり
「もっと自分の内面を見つめよう(だって今のままじゃダメだから)」
ということ・・・。
どうしても、学びが止められない。
なおやんが鉄道部品(私には何の価値も見出せないけど、なおやんにとってはお宝らしい)を集め続けるのを見て、「なんでこんなに集めるんだ・・・」と不思議に思うけど、それって私が自己探求をやめないのと実は同じことなんだな、と思った。ちょっと前まで私も「より本当の悟りとは」とか、「より本物の覚者とは」とか、探し求めている自分がいた気がする。
断捨離もある意味では同じで、物は減っても、「もっと捨てよう」「もっともっと」「もっとシンプルに」と思っているうちは、何かが増えていっている気がする。「捨てねば」という観念的なものが、積み重なっていくような・・・

この、「もっともっと」「より良く」を楽しめるならそのままでいいけど、私はその「もっともっと」に苦しさを感じるようになってきて、「もっともっと」と思わせている自分の中にある恐怖の種みたいなものを感じるようになったので(老いることを怖がって美容整形を繰り返す人、ってのが一番イメージしやすいかも。本人や同じ価値観を持つ人から見たらいいことに見えても、老いる恐怖を全く持たない人から見たら「あなたは怖がっているんだね」と、その人の中にある恐怖がハッキリ見える・・・ってやつ)それだったら、その恐怖の種を消してしまえば、「もっともっと」という馬車馬のような思い込みから解き放たれて自由になるのではないかと。

・・・と思いつつも、やめられないんだよね~自己探求!と、ドライヤーをしてもらいながら話した。

この悩み多き人生(大した悩みじゃないかもしれないけど)まだまだ学びは続くのであった・・・

共感する人、しない人

02 17, 2017
ここ最近の友人たちとの会合記録。

高校友達のNちゃん&Bちゃんとアフタヌーンティールーム。

『ふわっとスコーンショートケーキ苺』などという乙女なものをみんなして頼んでみたけど、実はこの直前には、焼肉に行っている。乙女なだけではいられない年頃・・・

久々に会ったので近況を報告し合ったんだけど、いつの間にか話題が20歳の頃(遠い昔・・・)の恋愛話に移っていて、そしてそれが、一番盛り上がった。いまさらハタチの頃の話をしてどうする・・・って感じだけど、これがまたつい昨日のことのように思い出せちゃうので、なんかみんなイキイキしちゃった・・・

でも、ハタチの頃はみんな同じように大学生をやっていた私たちも、39歳にもなると人生さまざまになっていて、なんとも感慨深い。
今、私の周りにいる同年代の女性を思い浮かべても、ほんと人生いろいろ。
結婚している人、独身の人、離婚して独身に戻った人。
子供がいる人、いない人。もう娘さんが高校生の人もいれば、昨年出産したばかりの人もいたり。
家庭内がうまくいっている人もいれば、うまくいっていない人もいて。
親の介護で忙しい人や、本人がガン闘病中の人も。
本当に、いろいろだ。

私はそんな、友人たちのさまざまな人生模様を聞くのが好きで、それも表面的な話ではなく、深く深く、心のずっと奥底までお互いに掘り下げながら聞いたり話したりするのが好きなので、俗に言う『当たり障りのない話』というのがとても苦手・・・というか、できない。誰かと当たり障りのない話をするくらいなら、一人で本を読んでいたいと思ってしまう・・・

最近つくづく思うのは、みんなそれぞれ悩みがあるからそれについて話し合うわけだけど、「わかるわかる・・・」と共感し合う場も心地良いけど、「え、そんなことで悩んでるの?!」と全く共感しない人がいるのも、また素晴らしいことだなぁと。
慰めや共感って松葉杖みたいなもので、傷ついたばかりの頃はその松葉杖が大きな助けになるけれど、ずっと松葉杖に頼っていては、自分で立ち上がる力が弱まってしまうような。慰められるのが当たり前になると、ずっと被害者意識を手放せないままになってしまう。そして被害者意識を手放せないでいると、無意識の中でずっと何かを(置かれている状況やら環境やら誰かやらを)呪うようになって、そしてその呪いが結局は自分に返ってきて、自分の心を縛る・・・というのは私のパターンだけど。

なので、苦しみに共感してくれる人がいてくれることもありがたいし、苦しみに共感しないでいてくれる人がいることも、またありがたい。共感してくれる人がいることで、松葉杖でリハビリをさせてもらえるし、共感してくれない人がいることで、「その苦しみは、あなた自身が作り出しているのだよ」と指摘してもらえると。

野口整体の野口晴哉氏が、患者さんに「その病気、すぐに治るよ」と言うと、中には「私の病気を安く見積もっちゃって失礼しちゃう!」と思う人がいて、そしてそういう人は病気がなかなか治らない(それを「未練症状」と呼んでいる)、と本の中で書いていたけど、たしかに精神的な苦しみも同じで、自分が苦しんでいることを安く見積もってもらいたくない、みたいな心理が働くことがある。厄介な人間の心・・・

でも、その「安く見積もってくれる」ことが、大きな助けになることもあるんだよなぁ。


・・・と、会合の話から大きくズレたけど、とにかく、女性の人生いろいろ、心もいろいろ、で、聞いていて楽しいなぁ・・・という話でした。

気質のはなし

12 01, 2016
たまってた女子会合の記録をば。

某日。
yuriちゃんと『梅の花』@青山で和風会合。



お豆腐や湯葉や麩の安心感・・・身体に優しそう。ドリアも和風で、具は何が入っていたかは忘れたけど、あっさりな味付けだったと記憶している。
食べながら、人間関係のあれこれについていろいろ話す。

また別の日。
ちーちゃん&Aさんと定例会。ここでも日々の気づきについて、報告し合う。

ところで、私のまわりにはなぜか男の子のお母さんが多いんだけど(ここに出てきたyuriちゃんもちーちゃんもAさんもそう)いろんな人から息子くんの話を聞くと、みんなそれぞれ見事にキャラ立ちしていて、聞いていて面白い。優等生、聞かん坊、泣き虫、おとなしい子、あまのじゃく、素直な子、疑ってかかる子、おちゃらけ系、動じない子、敏感な子・・・(と書きながら「世界に一つだけの花」が頭に浮かんでいる・・・♪ひとつとして同じものはないから♪)
こういう気質って、なんなんだろうか。いったいいつ、決めてくるんだろうか。本人が、決めるのだろうか。お腹の中で決まるんだろうか。それとももっと前?全ては宇宙の采配?「全部星に書いてあるからそちらをご参照ください」ってやつ?それとも逆に、今この瞬間に自分で“気質”というレッテルを作成してるんだろうか・・・

とまぁ、考えてもしょうがないことを考えるのが私のライフワークなわけだけど(最近はこれと、あと、「クラゲの死亡判定」について考えるのが楽しい。脳も心臓もないクラゲは、いったい、いつをもって「◯時◯分・・・ご臨終です」と死亡時刻を決めるのか・・・なおやんともこの「クラゲのご臨終」について小一時間話したけど、いまいち答えは出なかった。まぁ出なくても困らないんだけど)とにかく、この気質と気質のハーモニーが協和音を奏でると、「相性がいい」となり、ハーモニーが不協和音になると「なんかしっくりいかない」という相性になるわけで。

この気質ってのは、たとえ血が繋がっている親子兄弟でも全く違う色合いだったりするので、そこでたまにぶつかり合いが生じたり、新しい発見があったりして、各々磨かれていく・・・ってのがまた人生の面白いところですよね~・・・と、この前Aさん&ちーちゃんと話した。

それにしても、いろんな人から子供の話を聞くたびに、私はやはり、子供の側に立って話を聞いているなぁ・・・としみじみ思う。親としてのアイデンティティがないしね。
だから、お母さんたちが子供のことで悩んでいるのを聞くと、「心配しないでお母さん!お母さんがぼくのことで心を痛めたり、心配したりしていると思うと、ぼくもかなしいんだ・・・」と、勝手に息子気分になってしまう。お母さんの笑顔を見るのが、ぼくは一番しあわせなんだよ!だからだいじょうぶだよ!と、かわいい息子状態な私。あんたを産んだ覚えはないよ!と言われそうだけど・・・でも産んでくれてありがとう・・・←あっまた息子気分

高校生の娘さんを持つ友人(お洒落マダム)から
「娘にはオタクになってほしくなかったのに、もうすでにオタクまっしぐらで心配・・・もっと、お洒落に興味がある社交的な子になってほしかったんだけど・・・いつかは変わるのかなぁ・・・」
と言われた時は、いつもに増して娘気分になり(←その娘さん、私と同じ匂いがプンプンするんだよ・・・)
「大丈夫!オタクは意外と本人は幸せだからさ・・・そのまま見守ってあげて!オタクに蓋をしても無駄だしね・・・オタクのパッションは誰にも止められないの・・・」
と娘さんを擁護した。本人の気質に蓋をするべからず、だ。

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今日から12月。
今年も残すところあと一ヶ月・・・今年最後の旅はどこになるかな。
まだ何も決まっていないけど、なんとなく、行きたいなぁと思うところは、ある。

引越しと引越しの狭間で

10 30, 2016
こちらに引越してきてから4日経った。
だいぶ・・・だいぶ片付いてきたような・・・

リビング→だいぶオッケー
キッチン→だいぶオッケー
洗面まわり→だいぶオッケー
寝室→まだ。押入れ収納考え中
なおやんルーム→足の踏み場なし

なおやんルーム以外はだいぶ形になってきたので、ほっとしている。早くほっこりとお茶しながらゆっくり読書したい・・・

しかし今回の引越しはわりと体力を使ったような。なおやんと引越しするのはこれで3回目だけど、年々しんどくなっている。体力の衰えのせいか、物の多さのせいか・・・

引越し屋さんのお兄さんからも
「お客様~!これはいったい何が入っているんでしょうか?!かなり重いものみたいですが・・・」
と何度も聞かれた。そのたびに、
「あ、それは鉄のかたまりです・・・」
と答えた。マスコンとか、1つが20キロぐらいはあるからね・・・他にも銘板とかサボとか、とにかく、何もかもが重いなおやんの鉄道部品コレクションであった。(しかも鉄道部品以外にも、飛行機模型もダンボール30箱くらいあるからね)

ところで、KYONも私の6日後に引越しをするということで、お互い引越しの模様を報告し合ったんだけど、KYONからは引越しのたいへんさは微塵も感じられなかった。さすがミニマリスト。話を聞くと、本当に荷物が少ないらしい。3人家族なのに、荷物量は2人家族の我が家の半分・・・いや、5分の1・・・いや、10分の1くらいだと思われる。

一方うち。ダンボール100箱。
とKYONにメールを打ったら、
「ダンボール100って、飲み物か何かの名前に見えた」
と返事がきた。たしかに栄養ドリンクのような響き・・・ダンボール100。
しかし、実際には栄養を奪っていくダンボール100。

そんなヘトヘトになった引越しの翌日、KYONと夜会合。神保町タムタムにて。

私は引越し直後、KYONは引越し直前の石窯ホットケーキ。

今回の引越しで、自分のこだわりがいろいろと見えたということを報告する。
我が家は引越しのたびに
「ものを減らそう!捨てよう捨てよう!」
と主張する私と、
「とりあえず全部持っていこうよ~」
と主張するなおやんとで意見がぶつかるんだけど、そういう時って、「私の主張の方が合理的で正しい」と思い込んでるけど、でも、なんかそれって危険だなと思った。

なおやんが「これはまだ捨てたくない」と言う物に対して、私は「えー?!これ、もう5年以上使ってないじゃん・・・この先も使うことないからもう処分しようよ~」と思うんだけど、でも私も、もし私よりもっと神経質で合理的で不要な物は何もない方がいいと主張する人から
「この本、もう5年読んでないでしょ?だから処分しなさい」
と言われたら嫌だなぁと。読んでなくても、あるだけで幸せ、というものって、たしかにあるんだよね・・・。合理的ではないかもしれない、意味がないかもしれない、でも私の中では必要なものなんだ、っていうもの、あるある。

だから、「これ、いらないでしょ?」と自分以外の人に指摘するのって、なんか、その人のエリアに土足で上がり込んでいる感じがしないでもないな・・・と、自分を振り返ったこの引越し。
・・・と言いつつ、なおやんの場合はサイズが合わなくなったズボンとかシャツとかまで持っているから(「痩せた時に着るから!」と言い続けて早5年。太り続けている。)やっぱりいらないものはいらない気がするんだけど・・・ていうかクローゼットに入りきらないからほんと・・・


あと、恐怖や不安や心配で人を縛る、ということについても語った。
自分以外の誰かのことをコントロールしようとする時って、だいたい自分自身のことが見えていない。と、後から気がつくんだけど、その時はなかなかね。

「こうしないとたいへんなことになるよ」
とか、
「そんなんじゃ、みんなからこう言われるよ」
とか、
「ほら、やっぱりたいへんなことになったでしょ」
とか、そう思っている時の自分って、なんというか・・・あまり、よくない。自分のことは棚に上げて人のことばかり変えようとしている感じ。家族以外の人にはそんなことは思わないのに、家族になると途端にそのフシが出てくる・・・

KYONも、旦那さんや息子くんにそう思ったら、すぐに視点を自分に向けるようにしている、と話していた。結局は全部自分、なんだよねぇ。私も気をつけよう。


ちなみにこの日が神保町での定例会の最終日。KYONは来月から京都に住むから、これから会合場所は京都になるかな。
KYONとは最後、
「トイレのウォシュレットのノズルがいまいち信用できない」
という話をして、別れた。

同い年で語る会

09 02, 2016
同い年の友人たちとの会合2連発。

yuriちゃんと神楽坂。『ゆかわ』にて待ち合わせ。

大人のたしなみ的な店構え。なのにスニーカー&リュックで行ってしまった。鉄道旅かっていう・・・

和牛カツ定食を、上品な個室でいただく。

はーっ、さすが神楽坂!神保町の学生向け定食屋とは何かが違う。

お肉はレアなんだけど、そのまま食べてもいいし、テーブルに運ばれた鉄板でさらに焼いて食べてもいいし、とにかく好きにやりたまへ、というスタイル。

私はそのまま食べた。大事に大事に味わいながら・・・しみじみおいしかった・・・

上品なお部屋で上品なお肉を食べて、もうこのまま上品なオトナ街道まっしぐらだな!と思いながらお店を出たけど、なんとなく反動で、次はサイゼリアに入る。オトナの世界から一気に部活帰りの高校生に逆戻り。ドリンクバーの安心感。

yuriちゃんちの一人息子Hくん。赤ちゃんの頃から知っているので、いつまでも小さな坊や、という感覚でいたけど、もう小学2年生になったという驚愕の事実。
・・・そしてここで、学校でのHくんの恋愛事情を聞き(彼に惚れている女の子がいて、バレンタインにチョコを渡されたのに、Hくんったら「いらない」と断っちゃった!とか←でも両思いらしい)なんだかもう、おばちゃん、切なくなっちゃった・・・あんなに小さかったHくんが・・・女子にチョコを(しかも本命チョコを)渡されるなんて・・・しかも断るなんて・・・イタKissの入江くんか・・・
イタズラなKiss:1
元祖ツンデレ。


昔は電車が大好きな鉄道坊やだったのに(よく駅名を書いては見せてくれた)、今ではすっかり野球少年になった、という話も、ほんのり切ない。鉄道同好会を退部してイケメン野球部に移籍する同級生を見送る気持ち・・・

なおやんも4歳くらいの時のHくんに会ったことがあり、その時に二人で鉄道談義をしていたので、帰ってから
「Hくんは今でも鉄道も好きらしいけど、それ以上に野球に夢中みたいだよ」
と報告したら、
「うんうん、幼い頃鉄道好きでも、みんなだいたい離れていくからねぇ。僕も一度離れて、長いこと鉄道にはそんなに興味がなかったし。・・・がしかし、大人になって戻ってまいりました。パワーアップして!」
と言っていた。パワーアップしすぎなんだよ・・・

-----

また他の日。
同級生のyくん、ちーちゃん&しょーちゃん(1歳)、私、というメンバーで、同じく同級生のNの家へお邪魔する。

新築の匂いがするNの家はとっても綺麗だった・・・そして、テーブルの上に置かれた3段のお菓子タワー(ハイティースタンドっていうの?)にお菓子がたくさんあって(Nが用意してくれた)、それを見ただけで、なんだかものすごく幸せな気持ちになった。お菓子の家を見つけたヘンゼルとグレーテルの気持ち。お菓子がいっぱいって、それだけで幸せ。
しかし、そのお菓子タワーに並べられたお菓子たちは、作業人・しょーちゃんの手によって、ひとつひとつ下ろされていったわけだけど。1歳児がジェンガしているみたいな光景だった。

4人中、子供がいるのは1人で、あとの3人には子供がいないので、この場にいる唯一の子供であるしょーちゃんの姿をみんなで追いつつ、「・・・私たちが出会った当時(=小学生の頃)の母親の年齢を、今の私たちは超えてしまっているんだよね・・・」としみじみ話す。・・・なんだろう、この、「ヤバイね」感。今の私の年齢の頃、母親はもう中学生の娘のお母さんだったんだ、と思うと・・・なんだか無性にお礼を言いたくなる。私は今、日々ノホホンと暮らしているけど、同じ頃(正確には何年も前だが)母は娘の高校受験のことでいろいろ悩んだりもしたんだろうなぁ~と、『同い年』の母に今更共感する。
三十路の人生、いろいろだな。
プロフィール

YUKA

Author:YUKA
夫婦二人暮らし。
多趣味な夫にわりとついていく私のおぼえがき日記です。
たまにタリーズのベアフルやスタバのベアリスタたちと旅してます。
旅日記は旅先からのリアルタイム更新を心がけています。

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