「思春期」その2

10 28, 2017
ああ・・・今テレビでインディージョーンズやってる・・・懐かしい・・・。ジョン・ウィリアムズ作曲のテーマ(♪テーテテッテー!テーテテー!ってやつ)が最高。彼の作るテーマ曲は全部キャッチーですぐ覚えられる。スターウォーズ、ジョーズ、スーパーマン、E.T.、ジュラシックパーク、ホームアローン・・・あとハリポタも。私が吹奏楽部だったら全部演奏してみたいよ・・・


さて、引き続き私の野口晴哉コレクション・『思春期』について。
(前記事→「思春期」その1


ふふふ・・・神保町の古本屋で買ったの・・・

思春期の子供に対してどのような心構えで接したらいいか、ということを野口先生が(どちらかというと大人に厳しく)語っているんだけど、どの言葉も、大人同士の人間関係にもかなり通ずるものがあると思う。

(以下、赤字は引用部分です)
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「何時もふくれている女の子。ああ言えばこう言う意地の悪い女の子。何か言うとすぐ口答えする子とか、ちょっとしたことですぐに怒ってしまうお母さんとか、そんな表面に浮かんでいるところだけを見て、その下に流れている潮流を見ていない。(中略)もっと見えない心をお互いに感じ合う、そういうことが教育の最初の問題なのです。」

大人でも子どもでも、言った言わないの言葉自体ではなく、その言葉の奥にあるもの・・・言葉になる前の気持ち・・・をお互いに汲み取ることができたら、喧嘩にならないかもね。暴言の裏側にある「さみしいよぉぉ!」「あなたのことが好きなのに!」という気持ちとか。

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「観るということをしないで、うっかり自分の想像でつくった人間を相手に話をしたら言葉は宙に迷ってしまう。宙に迷うような言葉を吐かないことが、大人の慎みです。だから子供に妙なことを言ってしまうと、自分の言った言葉のために、自分が自由にならなくなってしまう。」

この「自分の想像でつくった人間」っていうのはかなり罠だと思う。先入観というか、決めつけというか、そういうもので誰かのことを「この人はこういう人」と固めてしまうと、的外れなことになってしまいそう。よく知らない人よりも、近くにいる人・・・親子とか夫婦とか、そういう方がこの決めつけが強烈になるかも。実際、私もよくなおやんのことを決めつけてしまうし。「なおやんは自分のことにしか興味ないでしょ」とか、そんなことを言ってしまう。
しかし、先生の言う通り、
「うっかりした言葉は自分に返ってきて自分を不自由にする。」
ですよね・・・

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「人間は教育というものによって、自分の本来持っている声と違う声を出させようとする。丁度カラスにチュウチュウという声を出させるようなことを計画して、「こうすべし」「こうすべからず」「あの人を見よ」などと言うのです。あの人と自分とは違うのだから、あの人を見ても同じになるわけがない。『それならお母さんだって、もう少し美人になったらよさそうなものなのに』と子供は思うかもしれない。」

いや、思うよねそれは・・・

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子供の自殺について。

「子供は親が一番嫌がることを知っている。」

「親が理論や法則や法律などを持ち出して行為を規制すると、子供の逆らう出口が少なくなり、終いには自分を壊すということになる。」

「自分は親に支配されている、全部握られていると思っただけでも、死を選ぶことがある。」


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小学生の子供が週刊誌の裸の女性の写真を切り取って大事に持っている。うちの子は変態ではないか。という相談に対して。

「着せ替え人形の素材として切り抜いたのかもしれない、或いは綺麗な色彩に魅かれたのかもしれない。それを親は自分の過去の怪しげな心と混同して想像する。つまりお母さん自身がそういうことに余分に関心を持っているということなのです。」

お母さん、赤面・・・

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嫁姑問題。同居している姑とうまくいかないので家を出たいが、でもやっぱり姑に悪いのでそれはできない・・・

「(あなたは)自分で自分を飾り過ぎている。人間はクリスマスツリーではないのだから、そんなに余分に飾り付けをする必要はない。」

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中三の娘が実力以上の高校に入りたいと言っている。でもそんなに勉強しているようにも思えない。どうしたらいい?という相談に対して。

「あまりつべこべいわないで、スラッと受けさせたほうがいい。それを教師もお母さんも焦ってツベコベ言って、一生懸命劣等感を植えつけている。
それで当人が自信をなくして迷っているのに、自分達は何の反省もしないで、こんな質問をするということは、如何にもおかしい。」


相手のことが心配で、先回りしてあれこれアドバイスを与えることが、実は相手の自信をじわじわ奪っていき、かわりに劣等感を植えつけている・・・ということ、たしかにある。

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「学校は第二で、第一は、まず人間の心を大切にすること、(中略)もう学校などに入る入らないという問題は捨てていいと思うのです。(中略)どちらにしても愉快に暮らすことの出来るように導いてやることがこの際、親としてのやるべきことだと思います。それ以外は、みんな親の小細工です。」

愉快に暮らすこと・・・ほんと、この「愉快な心」があればなんでも乗り切れる気がする。

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とまぁこんな感じで、もう、メモしておきたい言葉がいっぱいの野口晴哉本。
野口晴哉といえば野口整体だけど、そちらの方はマニアックすぎて私はちょっとついていけないのだけど、野口先生の語る哲学みたいなものはスッと心に入ってくる。

親子だろうが夫婦だろうが友達だろうが、
「お互いが一個の独立した生き物であるということを、お互いに認め合うこと」が大事、とのことです・・・あれ、これ、蛭子さんも言ってたね。

自分の立場から人の気持ちを察する、じゃなくて、自分の立場を離れて相手の気持ちや立場を感じ取る、ということができれば、問題も起こらなさそう。

でもまぁ、問題が起こったら起こったでそこから見えてくるものもあるし、そんなに完璧じゃなくてもいいかもね・・・

「思春期」その1

10 28, 2017
今日は神保町の古本まつりに行こうと思っていたけど、あいにくの雨・・・。雨だと古本まつりは中止になるので、今日は行かなかった。まぁ期間は1週間あるし、晴れている時にのんびり見に行こう。

ところで最近、なぜか「子供が学校に行けなくなった」という話を身近な人たちからよく聞く。
そのお子さんは小学生だったり、中学、高校生もいるし、あとは、もう成人したけど以前不登校になり定時制に通わせていた、とか。本当に、多い。多過ぎて、もし単純に数が多い方を「普通」というのであれば、私の中では「最近では不登校になる方が普通」となる。

中でもつらいのは、お子さんから「死にたい」と言われた・・・という話を聞く時。
そういう時、私はその話をしている彼女よりも、まずはそのお子さんの方に自動的に共感がいってしまう。なぜなら、親になったことがないから・・・親にならないと、永遠に立場は子供のままなので、どうしたって子供側の立場でものを考えてしまう。親のつらさよりも、子供のつらさに共振してしまう。
で、その次に、お母さんである彼女の気持ちを汲んで、「私の母も私のことでいろいろ悩んだんだろうなぁ・・・」としみじみする。

不思議なことに、お子さんが学校に馴染めなくて悩んでいる、と話す彼女たちは、自分が学生だった頃は学校に何の疑問もなく通えてた、という人ばかり。だからこそ悩むんだよねぇ・・・。逆に「自分は小学生の頃学校に行くのが嫌だった・・・」という人のお子さんは、学校が大好きだったりする。親子って面白い。

そんな話をたくさん聞いたので、久々に野口晴哉先生の本を読んだ。

『思春期』。昭和57年に出版された本。
野口晴哉信者なので、神保町の古本屋で野口先生の本を見かけるたびに買ってたら、もう本棚が野口晴哉まみれに。出版された本はほとんど持っているかも・・・


で、この『思春期』の中で野口先生は、思春期の子供との接し方で悩んでいる母親たちからの相談に答えているんだけど・・・それがどれもこれもスパーン!としていて痛快。野口先生はどこまでも子どもの味方で、相談してきたお母さんたちの方をパシッと叱る、というパターンが多い。心が弱っているお母さんは「なんで私がここまで言われないといけないの?!」と泣いちゃうかも・・・


子供が反抗的で困っている、という質問には、

「子供が反抗しているのか、それとも親が反抗しているのかということを考えていきましょう」

と。この、「親が子どもの変化に反抗している」という指摘を容赦無くバンバンする野口先生・・・


「よくないことをやらせまいとしながら、いつの間にか子供をそういう方向に追いやっているのです。それは親が子供に対して反抗しているのです。」


「親はともすると子供の幸せを自分の便利なように、自分の気のすむように、自分の安心出来ることが子供にとっても幸せであるように思い込んでしまい易いのです。」


「非行に追いやるのは大抵の場合、枝をつみ、葉をつまんで、或る形に嵌め込もうとする親の一方的な要求であって、子供自身の問題ではない場合が多いのです。だから子供を矯正しようとするよりは、親自身を矯正する方が、子供がよくなることが多いのです。」


子どもを矯正させるつもりで相談に来たら、「いやいや、あなたの方が矯正が必要ですから」と言われるとは。
でも、子どもからしたら、野口先生は最高に信用できる先生かもね・・・


「まず、自分の立場を省みて、それから相手を見ることです。ひょっとしたら、子供の方が存外大人であるかもしれないのです。お母さんが怒ったり、気取ったり、怒鳴ったりしながら、逆に子供に教育されているという場合もよくあるのです。“うちの子供は強情だ”とワイワイ言いながらも、その子供に逆らえない。何とか気に入られようとつとめる。そうなったら、立場はアベコベです。たとえ相手が十歳であっても、その子が傍にいるだけで、何か束縛を感じるというのは、もう子供の影響を受けているのです。」

親子関係だけじゃなく、普通に、大人同士の人間関係でも参考になる言葉がたくさん。

ちょっと野口晴哉愛が止まらないので、記事分けます。その2につづく・・・

今週のまとめ

10 28, 2017
やっと金曜日。
今週はいろいろあったけど(メインディッシュは夫婦喧嘩)なんやかんや、面白い一週間だった。真っ最中は「もーやだ!」って気持ちだったけど、過ぎてみればそれもいい思い出・・・

うちの喧嘩はワーワー言葉で罵倒し合うのではなく、念?テレパシー?で喧嘩し合うスタイルなので、一番激しく憎しみ合っている時は二人ともだんまりになる。言葉が出だしたら、ある意味もう和らいでいる感じ・・・(私も喧嘩中は男言葉になっちゃうけど、正直半分笑いながら言っている。本当に怒っている時は、言葉は出ない)

さっきもなおやんに
「あの時は、なおやんがものすごい勢いで私に呪いの念を飛ばしてきたから、私は聖なる力で弾き飛ばそうとしたものだよ」
と言ったら、
「ゆかりこの方が呪いの力が強かったよ?!」
と言われた。陰陽師のバトルか・・・

なおやんから
「喧嘩の後に僕がゆかりこに献上した品々のことが載ってない!」
とブーブー言われたので、一応ここに記録しておく。

まず家出事件の次の日、東銀座にある群馬アンテナショップで私の大好物を買ってきてくれた。

みそぱん!!もうこれ、ほんと好き・・・味噌がテリテリの甘さで、ふわふわパンに合うんだよねぇ

で、夜は夜で、すき焼きをこしらえてくれた。なおやんって、意外と、えらい・・・

さらにその次の日、今度は八天堂のクリームパンが献上された。

・・・食べ物を与えておけばいいと思ってないか?(実際、いいのだが)


そういえば家出中に私が何をやっていたのかもまだ書いていなかったので、書いとこ。
まず、新宿武蔵野館でこの映画を観た。

『静かなふたり』。
「不器用な彼女が出会ったのは、パリで古書店を営む年老いた男。風変わりな二人が紡ぐ愛と人生についての物語」・・・パリの古書店って、わたし的には最高のキーワードなのでウキウキしながら観たんだけど、良くも悪くもフランス映画って感じで、なんか観ていてボーッとしてしまった。ちょっとだけ出てきた猫と、パリのカフェの風景が良かった。

映画後、椿屋珈琲店新宿茶房に移動。マロンショコラショートケーキとお紅茶を飲みつつ読書。

その後、本屋をぶらぶらし、スタバへ。ハイビスカスティーとキッシュをゆっくり味わう。

・・・ということをしているうちに、なおやんから電話がかかってきたので、帰った。もし電話が来なかったらホテルに泊まるつもりだった。もちろん、普段は泊まらないような超高級ホテルに。家出はなるべく豪華にした方が楽しいし、気持ちも荒まずに済む。ちょっとした当て付けにもなって一石二鳥・・・


ちなみに、年上の女性たち(同僚)に「夫婦喧嘩をして家出をしたことがあるか」と聞いたら、
「ある。ホテルをとって一晩帰らなかった。ちょっとした旅行気分だった」
という人もいれば、
「あるけど、夜はさすがに帰った」
という人もいれば、
「家を出て、そのまま離婚した」
という人も。様々な家出模様・・・

なおやんに
「なんで女の人は家出をしたがるの?!」
と聞かれたけど、
「そういうなおやんだって、不機嫌になるとよく失踪するでしょ。私を無視してよく消えるじゃない」
と指摘したら
「ふふ!たしかに失踪するよね!失踪系夫、だよね」
と自分で言ってた。
まぁ不機嫌を止めることはできないだろうけど、せめて失踪する前に一言、「今からちょっと失踪します」と言ってくれ、とお願いしといた。


・・・とまぁこんな一週間でしたが、今日から神保町で古本まつりが始まったので、もう私の心はすっかり古本モードにチェンジした。

今日もちょっとだけ寄ってみたけど、やっぱり最高だよ古本まつりは!
開催中はできるだけ寄る予定。
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喧嘩のその後(反省会)

10 26, 2017
最近私の中で流行っている自分語り系記事、今日も飽きもせず書きます。旅日記も溜まってるんだけど、それをまとめるのはもうちょっと後。

先日、なおやんの理不尽な不機嫌オーラに嫌気がさして、雨の中、プチ家出(という名の普通のお出かけ)をしたことを書いたけど、あれは事実の一部をトリミングし、フォーカスして、超主観で書いたものであって、実は書いていない事実が死ぬほどある。ていうかあの記事に限らずこのブログは全部そうだけど・・・いや、ブログに限らず、何もかも全部、そうだと思う。どこをどう切り取ってどう意味付けするかで、どんな風にでも変わっていく変幻自在なもの・・・記憶や認識なんてそんなものだと思っている。

で、例えば書いていないことといえば・・・

あの日、お互い謝れ謝れ合戦をして、とうとう私が折れて
「・・・ごめんね」
としおらしく謝り、その場はなんとなく丸く収まった・・・と書いたけど、実はこの次の日、私は
「昨日の言葉は撤回だ!だって正直1ミリも悪いと思っていないもの。心が全くないのに、それでも「ごめん」の言葉が欲しいの?なら書いてやるよ、習字でな!」
と倍ギレした。こんなにキレるくらいなら最初から謝るなよ・・・と、自分でも思う。

さらに、喧嘩の後はすき焼きで仲直り♪と書き、なんかいかにも
「奥さん・・・旦那さんに謝った上に、すき焼きまで用意してあげるなんて・・・優しいなぁ」
という感じがするけど、実は、用意したのは私ではない。

あの喧嘩の次の日、私は仕事でなおやんはお休みだったんだけど、仕事中にわざわざなおやんに
「今夜はすき焼きを用意しておくように!頼んだよ!!」
と一方的にメールを送った私であった。
で、素直に
「はーい
とクマさんマーク付きで返事を返してきたなおやん・・・

こうやって書くと、実は私の方こそモラハラ妻なのではなかろうか・・・と、今ちょっと思う。
(ちなみになおやんもこのブログを読んでいる上、誤字脱字を見つけてもらう推敲係でもあるので、この前の家出記事ももちろん一番に読んでいるわけだけど、「ひどい!こりゃ捏造だ!」と言いつつも「まぁ、いいけど~」と言ってくれるので、そこは感謝している)

モラハラといえば、喧嘩の頂点だった時、私は「モラハラ夫・しんどい」とか「モラハラ夫・自覚なし」とか、とにかくそういういかにもなキーワードであれこれ検索してしまったわけだけど、そういうサイトを読めば読むほど、どんどん目が曇っていく感じがした。「モラハラ」という言葉に洗脳されそうになって(というか洗脳された)もう、なおやんそのものがどんどん見えなくなっちゃう感じ・・・「こんな夫はモラハラ!」というチェック項目がいくつかあって、「うわーこれも当てはまる!」「これもだよ!」「てか全部当てはまるよ!」とかやっているうちに、なおやんよりも、その「項目」や「モラハラ」という言葉の方が前面に出てきてしまい、その言葉(というかラベルというか)の後ろになおやん本人がいる、というイメージ。つまり、喧嘩中、なおやんのことが見えなくなってしまっていた。見えていたのは一人歩きした「言葉」だけ。

この「チェック項目」で何かを診断するのって、なかなかに暗示力が高いとみた。
ってことは、「何を診断するチェックを選ぶか」が大事なわけだ。
例えば今試しにネットで適当に拾ってきた「良い夫度チェック」をしてみたけど、なおやん、ものすごい高得点を叩き出した。

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あなたの夫は
「良い夫度」93%です!
たとえ毎日の生活で落ち込むことがあっても、考えてみてください。あなたと彼は縁あって一緒になったのです。気が利かなくてお調子者な面もある彼ですが、それこそ彼のチャームポイントではないでしょうか?最高の親友でもある彼は、話したい時はいつでも側にいてくれます。逆にあなたの持つ真面目な面が彼を支えることもあるのです。本当にお似合いの二人ですよ。


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ま、こんなもんだ。
ネットの情報なんて結局自分が欲しい答えばかりを自分で探してしまうので、自分で自分をいい方に洗脳するにはもってこいだけど、悪い方に行くとおかしな方向に偏る一方・・・気をつけねば。


あと最後。
なおやんに「思い通りにならないことを私のせいにしないでよ・・・自分で選んだことは自分で責任とって」と言うたびに、「・・・という私も、自分の不快をなおやんのせいにしてるがな」と思っていた。

結局、全部、自分・・・。

「全部私のせいね・・・」と言うと悲劇のヒロインみたいで気持ち悪いけど、「ここにたどり着くまでの道を歩いてきたのは私自身の選択」と思うと、なんだか力が湧いてくる。操縦桿を握りなおす感じ。なおやんの不機嫌の責任者はなおやんだけど、私の機嫌の責任者はあくまでも私・・・

なので、なおやんに向かって「人のせいにするな!」と言っていたけど、実はそれは自分自身への言葉だったのかなと。
そんなことを、思ったわけです。

と書きながら、今B'zの『ねがい』が頭の中で鳴っている。

♪Hey 「いつのまにか」じゃない
♪自分で選んで歩いてきたこの迷路


稲葉さんのシャウトが身にしみる・・・
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月下の一群

10 26, 2017
先日の喧嘩の後、私がブツブツ文句(なおやんの理不尽な不機嫌がいかにイヤかということ)を言っていたら、

「わかった、もう不機嫌にならないようにするね・・・これからは、ニューなおやんになるよ!」

と言っていた。ニューなおやん・・・そんな昭和の観光ホテルみたいなこと言われても、全然信用できない・・・けどまぁこれからとくと見せてもらおうじゃないの、そのホテルニューなおやんとやらのサービスをな!という気持ち。

喧嘩明けで心が疲れたので、久々に漫画レビューでも。

『月下の一群』。昨年亡くなられた吉野朔実さんの初期作品。この前長野の古本屋さんで見つけて衝動的に買った。

『月下の一群』というのは、堀口大學によるフランス近代詩の訳詩集のタイトルから来ていると思うけど、なんともいい響き。
文庫版の表紙にはイラストとともにセリフが書かれていて、それもまたいい。

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「自分以外の人にも
生活や性格が
あるのだということを
・・・・・・実感しています」


「月星を
愛でるのとは
わけが違う

人間を愛でるのは
大変です」


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タイトルからはなんだか深刻そうな内容を想像しちゃうけど、実際は全然深刻さはない、ワイワイとしたキャンパスラブストーリー。
でもそのワイワイとした中に、いいセリフがポッと出てくる。

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「あれだけ弱さを押し通せるって事は
すでにひとつの強さだわ」

「見てるだけでよかったんだよねぇ
・・・誰にも独占されないでいてくれればさ」

「不幸な夢を見るのは幸福な時だけよ」


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話の流れ自体にはそんなに(というか、正直全く)ハマることはなく、サーーーッと読んでいったんだけど、最後の最後がすごくよかった。



☆以下ネタバレ☆

主人公の毬花が、一度別れてまた自分の元に戻ってきた彼氏の検見川くんに聞く。

「検見川君、主子さんの事、好きだった?」

ちなみに主子(しゅうこ)というのは、検見川君を毬花から奪った魅力的な女性。毬花はフンワリ系だけど、主子は真逆のカッコいい女性って感じ。検見川君はこの主子を最初は拒絶していたけど、なんやかんや主子から目が離せず、結局主子のところへ行ってしまう。
その後、検見川君が毬花のもとに戻ってきた時に、毬花がこのセリフを言うわけだけど、ここの流れが個人的にはすごくツボ。

「検見川君、主子さんの事、好きだった?」

「・・・うん。・・・だけど!・・・いや・・・そうだ、かなり・・・魅かれてた」

検見川君も素直に答えるんだよね・・・

そしてそれに対して毬花が

「それなら、やっぱりまだ私も検見川君の事好きよ」

と言って、検見川君の全てを受け入れると。

普通、好きな彼からこんなこと言われたら、ものすごく嫉妬したり、ムカついたり、不安になったりすると思うけど、毬花は「ありのままの検見川君」を受け入れるんだよね・・・まるで菩薩!

以前の毬花は検見川君の姿がないと不安で大学中を探しまくったりしていたけど、成長した毬花は検見川君の自由を尊重し、

「いいの 私
検見川君がどこに居るか
知っているから

いいのよ
どこにいても」


と、マリア様のように微笑む。

相手を丸ごと愛するって、こんな感じなのかしらね・・・と思い、ちょっとだけ、反省した。

雨の中、家出(あと謝罪の強要について)

10 23, 2017
この週末、大型台風とともに、私たち夫婦の間にも不穏な空気がやってきた。


まず、またいつもの流れで喧嘩モードになった。
(→だいたいいつもこの流れ

詳細は省くけど、シンプルに言うと、とにかくお互いがお互いに対して「あなたのせいで今自分はこんなにも傷ついている!私は何も悪くない。悪いのはそっちだ」と思っている状態。土曜の朝から何やってるんだか・・・


で、私ももうなおやんの不機嫌&陰気オーラが耐えられなくなって、昨日の昼過ぎ、あの大雨の中、家を出た。「機嫌が直ったらメールして。そしたら帰ってくるからね」と言い残して。
なおやんは私の前ではずっとムスッとした顔だったけど、多分その顔は私がいなければ元に戻るんだろうな、と思ったし。その不機嫌パフォーマンスを見るのもしんどいし、やり続ける方もしんどいはず・・・と思い、私は私の休日を充実させるべく、ウキウキと新宿に映画を観に行った。不穏な時は距離を置いて気分転換をするのが一番・・・

映画の後はカフェでまったりしたりして、家出というか、もはや完全に楽しい休日状態になったところで、夜、なおやんから電話が。「もう気分は戻りましたか?」と聞くと、「わからないけれど・・・」といまいち煮え切らない答え。まぁでも、電話をかけてきてくれたことが嬉しかったし、私もそのまま素直に帰宅した。

このまま仲直りか・・・と思いきや、帰ったら帰ったでお互い「で、謝るの?」「謝るのはそっちでしょ」「悪いのはそっちでしょ」と元の木阿弥。こどもか・・・

でも本当に、今回は(いや、今回に限らずだけど)なおやんが「ゆかりこが悪い」と言うことに対して、本当に、本当に全く、これっぽっちも身に覚えがないので、謝るのは絶対イヤ!と私も意固地になっちゃうんだけど、多分なおやんも全く同じことを思っているんだろうな・・・と思った。この時点でこの二人は「自分が悪いとはこれっぽっちも思っていない」という点で共通していて、ある意味気が合っている。

でまぁ、ここは私が大人になって謝っておくか・・・なんか疲れたしね・・・と思い
「・・・ごめんね」
と謝ってみた。そしたらなおやん、
「うんいいよ・・・もう終わったことだからね」
だって。なんかムッカーー!


それにしても、こういうことがあるたびに毎回思う。謝罪や反省を誰かに強要することのむなしさを。これほど意味のないことはないよ・・・「反省しなさい!」「謝りなさい!」と威圧的に言われて、すぐに心の底から素直に反省する人を私は見たことがない。し、私も一度もしたことがない。たとえ自ら反省していたとしても、そう言われた途端に反対の気持ちになってしまう。

子供が大人に叱られて「ごめんなさい」と謝る時、それは本当に身にしみて反省しているから言っているのか、それとも親や先生が怖いから、めんどくさいから、その場を早く終わらせるために言っているのか・・・。口では謝りながらも、「なんでこっちの話を聞いてくれないんだろう・・・」という不満が心に渦巻いているかも。

謝らないのにはその人なりの理由があるわけだけど、でもあまりにも責められ続けると、もうその場を早く終わらせるためだけに謝るってこと、あるある。謝られた方は満足だけれど、納得しないまま謝った方は、行き場のない気持ちを持ち続け、終いには爆発して「♪ぬ~すんだバーイクで走り出す~」ってことになるんだよ・・・(時代が古いか)

やっぱり反省って、誰かに「させる」ものでも「させられる」ものでもないし、かといって「自ら意識的にする」でもちょっと弱い。「自然に、起こる」のが一番ストンときそう。それが起こるのは来週かもしれないし、来年かもしれない、10年後、もしくは死ぬ直前かもしれないけど、自然とその「反省」が起こった時に初めて、「ああ、あの時の私・・・なんてことをしてしまったんだろう・・・」と頭ではなく心で思うものかも。


・・・ということを仲直りした今、なおやんに話したら

「やれやれ!こちとらゆかりこのパワハラに傷つけられたというのに!いったいいつその反省は起こるのかな?!」

と言われた。そう言われると私も

「こっちもなおやんのモラハラに相当傷つけられているよ!!なおやんの反省はいつ起こることやら!」

と負けじと言ってしまう。

でもまぁ、今夜はすき焼きなので、ムカつきも帳消しになるってなもんだ。

溶き卵をたっぷりつけて食べると美味しいよねぇ・・・溶き卵とともに、私たちの心も溶いていきましょうよ・・・
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ひとりぼっちを笑うな

10 21, 2017
私の中で、今、蛭子能収がアツい。

また蛭子さんの本を手に取ってしまった。

太川陽介さんと共演していた『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』は毎回必ず録画してなおやんと観ていたけど、あれはお互いがお互いのキャラをうまく立て合う名コンビだった。太川さんの気遣いっぷりと、蛭子さんの自由っぷりがうまく調和して番組を面白くしていたように思う。

でも、一見自由人に見えるけど、実は蛭子さんこそむしろ逆に他人の自由をものすごく尊重している、「ワガママ」とは真逆な人のような気がする。

私の思う「ワガママ」ってのは、自分以外の誰かに自分と同じ考え方、同じやり方、同じ発言、同じ感じ方、を強要すること。自分とは違う考え方を認めないこと。つまり、相手の精神の自由を許さないこと。
そういう意味では、蛭子さんはその強要はない。人を威圧的に叱ることもない、と思う。会ったことないけど。

大きな震災を経て、日本では「つながり」や「絆」といった言葉がメディアにもバンバン出てくるようになったけど、中には絆の外にいる人、自分のことに精一杯で他人を心配する余裕がない人、そもそも絆に関心がない人など、とにかくいろんな人がいるわけで。
そういう人は「人でなし!」「不謹慎!」と言われがちだけど、でも、そういう人たちだっていていいんだ、と。「他人がどんな態度を示そうとも、どんなことを言おうとも、それはその人の自由であって然るべき」と蛭子さんは言う。

あと、キズナはたしかに素敵だけど、あまりテレビやCMでそればかりやると、いろいろな事情でその絆を結ぶ対象がいない人(尚且つメディアの情報を素直に飲み込んでしまう人)が「私はひとりぼっち・・・」としんどくなるのではなかろうか、と思ってしまう。「キズナ」という言葉に救われる人がいる一方で、その言葉に深く傷つけられる人もいるだろうな、と。

そんな中、この蛭子さんの本は
「ひとりぼっち?いいじゃない!ひとりぼっち最高!」
と言ってくれるので、自分のひとりぼっちっぷりにシュンとしている人には意外と効く(?)かも・・・


友達については、蛭子さんは「友達はいらない」と言い切るけど、私はやっぱり、何でも言い合える友人がいると楽しいなぁと思う。お互い違う意見を言い合うのが楽しいし。ただ、大勢でワイワイし合うのは苦手。うわべだけの会話もすごく苦手。「私たち、友達だよね!」「仲間だよね!」と言われるのも超苦手。

「友だち」「仲間」の定義ってほんと人それぞれなので、そこが噛み合わない同士だとちょっと大変かも。

この前、ある人が「友達と会う約束をしようとしたら、『その日はドラマを観るから会えない』と断られた。ドラマなんて録画すればいいのに!その子とはもう縁を切った」と話していて、驚いたのなんのって・・・。なぜか私が「ご、ごめんなさい・・・」とその子にかわって謝ってしまった。なぜなら、私もそういう理由で普通に断ったりするので・・・。断る口実とかではなく、本当に、純粋に、その日はドラマを観たかったりするんだよね・・・でも人によっては「友達に向かってそんな理由で断るなんてありえない」という人もいるんだよね・・・

私の中での友人関係って、いかにそのままの自分でいられるか、が大事かもしれない。蛭子さんも「友だちはいらない」と言いつつも、趣味(競艇)で会う人たちとは過ごしやすいらしい。お互い好きなことをしてリラックスしていると、楽しく過ごせるものね。ていうかリラックスできない友人関係なんてあるのだろうか。リラックスできないならそもそも会いたくないと思うけど・・・


あと、この本の中ですごく共感したのが「ひとりだけどひとりでない空間」についての項。
蛭子さんは高校時代に美術部に所属していて、そこで『みんなで黙々と絵を描いている時間』が一番楽しかった、と。これ、すごくわかる・・・

誰とも話さないし、目も合わせないんだけど、各々が好きなことをしている、という空間が私もものすごく好き。
なおやんとの暮らしでもよくこういう空間ができる。なおやんは鉄道雑誌を見てて、私も好きな本を読んでいて、何も話さないんだけど、なんか楽しい・・・みたいな。
喫茶店とかで一人で本を読むのが好き、というのもこれに入るかも。一人でいることを認め合っている空間、という感じ。

・・・あれ、軽く書くつもりが思いのほか長くなってしまった。
最後に、目次から少し引用して終わりにします。

・「つながる」は本当に必要?
・食事会や飲み会はムダ話の宝庫
・誰かに「嫌われている」と思わない
・楽屋あいさつはしない
・だけど…褒められたい
・限界に近づいたら迷わず逃げる
・血のつながりは信じない



・・・どんな人間も「いて、よし!」ですね。
ちなみに「いて、よし!」は大好きなドラマ『すいか』の中で浅丘ルリ子が言っていたセリフ。

また車中泊9・おうちに帰ろう

10 20, 2017
車中泊旅2日目のつづき。長野県小布施の道の駅にて車中泊→飯山の道の駅で朝食→再び小布施に戻り福栗焼き堪能→戸倉でお昼ごはん→そろそろ本気出して帰るよ・・・というところから。

10月11日。
14時。戸倉上山田温泉を通過。

いつかゆっくり泊まりに来たい・・・けど、とにかく今は20時までに都内のレンタカー屋さんに車を返さねば。あまりのんびりしている時間はない。

なおやんが
「今回は時間に余裕を持って帰ろうと思っていたけど、このままではまたギリギリになるかも。なんで僕たちは毎回こうなっちゃうんだろうか」
というので、考えてみた。
・・・もちろん、行く先々に魅力的なところがたくさんあるのでなかなか帰れない、ってのもあるけど、その他にも、私たちの中にある「レンタカー代の元をしっかり取ろう」という心理が働いているから、ってのもある気がする。だって高いんだものセレナ代・・・割引とかを使っても、2日間借りるのに2万いくらかは払った。あと、ガソリン代やら高速代やらもかかるし。鉄道旅よりずっとお高い。だからこそ、ギリギリまで最大限に楽しみたい!という気持ちになるわけで。

車中泊旅にすっかりハマってしまったので、またすぐにやりたい気持ちだけど、さすがに普段のんきな私たちも
「このまま車中泊旅ばかりしてたら、うちのお金はなくなっちゃうね・・・」
「車中泊破産しちゃうよ・・・」
と話した。

破産して車中泊、なら、なんとなくわかるけど、車中泊して破産、って意味わからない。「車中泊ばかりしててお金がなくなりました・・・」っていったい・・・

まぁどちらにせよ、もう寒くなってきたし、しばらく車中泊旅はお休みすると思うので、その間にお金を貯めよう。(と言いつつ他のことにバンバン使う予感しかしない)

さて、戸倉といえばこの山。

見事な三角。
ここら辺を通る時、いつもこの三角山に目がいく。不自然なほど綺麗な三角形の形に、なんだかモゾモゾする・・・


14時20分。道の駅上田にて休憩。

ひろいよ!(でも物販はこじんまりだよ!)

建物も横に広いけど、建物の裏の広場がまた広い。

『岩鼻』と呼ばれる絶壁?奇岩?に目がいく。異様な大きさ。


なにがどうしてこうなった


16時10分。東部湯の丸インターから高速に乗る。

ここからはもう、気合を入れてブーンと帰るぞ

行きは中央道で来たけど、帰りは上信越道を通って帰る。

とりあえず20時までにはレンタカー屋さんに車を返せそう。

今回の車中泊旅もお天気に恵まれて楽しかった。

まるで夏のような日差しさ!


・・・5分後↓


ぎゃーーーまっしろ!!
軽井沢あたりで一気に空気が変わった。こういうの、面白い。この「空気の境目」みたいなものに興味がわく。


16時40分。横川サービスエリアで休憩。

横川といえばおぎのやの釜めし、だよね

でもまぁ釜めしって気分でもないので、ここは軽く焼きまんじゅうを。

テリテリの味噌が甘くて美味しい。まんじゅうの部分もふわふわ。小腹が満たされた。


この後はもう、ひたすら帰るのみ。
都内に着いてからは一度家に帰り、布団や毛布なんかの荷物を全部おろして、なおやんがレンタカー屋さんに車を返しに行った。20時にギリギリ間に合った。ふー・・・

帰宅後、買ったもので夜ごはん。

おやきや枝豆など。家に帰ってからも信州を味わう。

-----

これにて第2回目の車中泊旅日記、終わりです。お疲れ様でした・・・

実はこの3日後にはまた長野に行ったんだけど(今度は鉄道旅)それについてはまた今度いつか。

また車中泊8・信州の味覚

10 20, 2017
車中泊旅2日目のつづき。長野県小布施の道の駅にて車中泊→飯山の道の駅で朝食→再び小布施に戻り福栗焼き堪能→そろそろ帰らねば・・・というところから。

10月11日。
12時40分。小布施から上田方面に向かって走っていたら、地元のスーパー・原信を発見。

何か美味しそうなものがある予感・・・というわけで、寄ってみる。

そしたら、やっぱりあったあった。

おやきと、あとは「こねつけ」という信州のおやつ。ご飯と小麦粉が練られた生地に甘い味噌が塗られていて、中には野沢菜やカボチャなどの具が入っている。後で食べたらなかなか食べ応えがあった。全部1個90円。


13時。お昼は何を食べるか会議したところ、なおやんは信州サーモン、私は蕎麦が食べたい、と意見が割れた。こういう時、鉄道旅だったらあっさり別行動して各々食べたいものを食べに行くところだけど、今回はずっと一緒の車旅・・・二人は離れられないの・・・

こうなったら「信州サーモンが食べられる蕎麦屋」を探すしかない、と、あれこれ検索したところ、ちょうど走っている道に1軒あることが判明。
さっそく行ってみる。

『蕎麦料理処 萱』。しなの鉄道の戸倉駅の近くにある、なかなかに趣のある雰囲気のお店。

まずは信州サーモン。

わーーーきれいだね

このキラキラした信州サーモンに、自分ですりおろした本わさびをつけていただく。

さすが真田一族の地・・・いいものがあるねぇ

あとは、そばきり。

信州産二八そば。細切りで喉越しがいい。こちらも本生わさびと一緒にいただく。
やっぱり長野に来たら蕎麦を食べて帰らないと。

さぁさぁもういい時間なので、いい加減本気出して帰らないと。前回の車中泊旅ではレンタカーを返すのが本当にギリギリになったので、今回は余裕を持って返したいところ・・・
(結論から言うと、結局今回も超ギリギリだった)

あともう少しだけつづく・・・

また車中泊7・栗と小布施の思い出と

10 19, 2017
車中泊旅2日目のつづき。長野県小布施の道の駅にて車中泊→飯山の道の駅で朝食→再び小布施に戻る、というところから。

10月11日。
10時50分。小布施に戻ってきた。
とりあえず竹風堂さんの駐車場に車を停めさせてもらう。

竹風堂でお買い物をすると2時間無料!

竹風堂といえば栗おこわ・・・お腹が空いていたら絶対に食べるところだけど、なんせ飯山で朝ごはんを食べたばかりなので、今回は栗おこわはパス。あとで栗のお菓子を何か買うことにする。

とりあえず、まずは今回の第一目的のこのお店へ。

『味麓庵』。どうしてもここの福栗焼きが食べたくて。

確実に手に入れるために前日に予約しておいたので、サクッと6個ゲット。

これよこれこれこれなのよ

割ります。

濃厚な栗餡の中に栗が丸ごと1個入っている。くーーたまらない!

ベンチに座ってアツアツの福栗焼きをすぐに食べた。かなり大きいので1個でもうお腹いっぱいに。

私は栗が死ぬほど好きなので、「小布施に着いたら栗を食べまくるよ!福栗焼きに栗アイス、モンブラン、焼き栗・・・食べるぞー!」とずっと言っていたんだけど、いざ大きな1個を食べると、すぐに満たされてしまって「もう十分味わいました」という気持ちに。大好きなんだけど、意外と量を食べられない食べ物・・・それは、いもくりかぼちゃ・・・

というわけで、あとは見てまわるだけにする。
例えばこことか。

小布施堂本店の中庭。シック・・・

小布施堂といえば「朱雀」。

毎年秋の1ヶ月間だけ提供される(しかもすぐに完売する)というまぼろしの栗菓子・・・見れば見るほどモップ犬。

実は朝8時過ぎに小布施堂の前を通って、朱雀目当ての行列がどんなもんか見てみたんだけど、平日の朝だというのに信じられないくらいの大行列ができていた。私は並ぼうと思えば並べるメンタルだったけど、なおやんは行列に並ぶのが大嫌い(ただし鉄道部品の即売会は除く)なので、朱雀は早々に諦めた。

ああ、でも、一度は食べてみたい・・・

どんな味なの朱雀・・・気になる気になる~

その後は栗の小径を歩いたり。

道には栗の木の間伐材が敷き詰められております

まだ結婚する前、なおやんとの初めての遠出デートがここ小布施だったわけだけど、あの頃はまだお互い可愛かった。まだ、お互い各々のディープな本性は見せていなかったし。それが今ではお互いのカオスを知ってしまった・・・あの時と同じように栗の小径を歩いていても、今ここにいる私たちはあの時の私たちとはもはや別人・・・。あの頃も楽しかったけど、今の方がずっと自由な感じがする。10年後にまた今を振り返って「10年前よりもっと自由になったなぁ」と言えているといいな。自由ってつまり、自分で自分を縛っている思い込みからの自由って意味で。


竹風堂に戻り、栗の入ったどら焼きをお土産に買って駐車場へ。これで駐車場代は無料になった。

栗おこわはまた今度食べに来よう。

さてさて、20時には車を返さねばならないので、そろそろ東京に戻るとする。
もちろん、あちこち寄り道しつつ。

つづく。(たぶん次が最後)
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YUKA

Author:YUKA
都内在住・夫婦二人暮らし。
多趣味な夫にわりとついていく私のおぼえがき日記です。
旅日記は旅先からのリアルタイム更新を心がけています。
(しかし最近は家に帰ってからノロノロと更新することも増えました…)

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